■landreaall3巻の企画ブックレットに使用したネームです■
あのころのぼくら


マリオンの木の下でイオンと俺が見つけたとき、海老庵先生は大怪我をしていて、元気になるまでうちに一緒に住むことになった。
六甲はごはんを食べたらすぐに元気になったけど、海老庵先生は左手と左耳を戦場で失くしちゃったんだって。

さいしょの頃、ふたりとも全然しゃべらなかったから恐かった。でも、父さんと母さんと海老庵先生が話し合って、元気になってもずっと一緒に住むことになったら、海老庵先生は本当はすごくやさしい人だってわかった。仲良くなったら出て行くときに俺たちが悲しむから、仲良くならなかったんだって。
六甲はただの恥ずかしがりやで、いつも先生の影に隠れていて、俺はずっとあとで気がついたんだけど先生とだけ通じる言葉で喋ってたんだって。
普通に喋るようになっても、そんなに喋らないけど。


六甲は背がイオンと同じくらいで、俺は弟ができたみたいでうれしかった。イオンと俺と一緒の部屋でいいって俺たちは言ったんだけど、海老庵先生は 家来だからダメだって言った。弟じゃなくて家来でも、いいかも。


俺の家来なので、六甲はなんでもいうことをきく。イオンはうるさいけど、六甲はいやだとかやめろとか言わない。やっぱり弟じゃなくて家来でよかった。


昨日六甲と、行っちゃいけないって言われてた森の奥の方に行った。あんまり遠くまで行ったから暗くなってきたけど、俺はすごくわくわくして、足が疲れたから朝まで森にいようって六甲に言った。六甲はすぐに焚き火の用意をして、魚を採って焼いたりしてくれた。六甲はなんでもできる。

何時かわからないけどすごく夜遅くに、六甲に叩かれて起こされた。六甲に叩かれたことがなかったからすごくびっくりしたけど、叩かないと起きなかったんだって。まわりから犬の声がすごくたくさんしたのでもっとびっくりした。きっと俺も六甲も食べられちゃうんだと思って恐くてたまらなくなった。
六甲は刀を持ってたけど、俺は何も持ってなかったので、六甲の持ってる刀をよこせってめいれいした。今はすごくまちがってたと思うけど、そのときはわからなかった。俺ってすごくばかだったな。
刀を持ったことはあったけど使ったことはなくて、犬が恐くてめちゃくちゃに振り回しながら逃げた。六甲は燃えてる薪を持ってあとから追いかけてきて、あとで教えてもらってそうじゃないってわかったけど、俺はその明かりのせいで犬が追いかけてきてるんだと思って、六甲が持ってる薪を剣で叩き落とそうとした。そしたら俺が振った剣が手にあたって、六甲はけがをしてしまった。火のついた薪は地面に落ちて、消えた。
そのとき六甲が急に俺を突き飛ばしたので、俺は川に落ちてしまった(川がそばにあったのにも俺は落ちてから気がついた)。そのときは六甲が怒って俺を突き飛ばしたんだと思って、俺はびっくりしたまましばらく流された。犬は追いかけてこなかった。
苦しくて死ぬかと思ったら、六甲が泳いで追いかけてきて、俺の服を掴んで土のうえに引っ張りあげた。その時は暗くて六甲が犬と戦って傷だらけだったのが見えなかった。俺はすごく怒ってた。家来に川に落とされたなんてすごくかっこ悪いと思ってた。

もし今その時の自分と会ったら、泣いて謝るまで叩くと思う。

とにかく、その時は六甲のことがすごくきらいだったので、喋らないで歩いた。空が明るくなってきて星が薄くなってきたら、父さんの呼んでる声が聞こえた。足が痛かったけど走って、俺も父さんを呼んだ。父さんは俺たちがずぶ濡れなのにびっくりしたみたいだった。
父さんに六甲が俺を川に落としたんだって言った。父さんは六甲を見て、背中におぶされって言ったので俺はすごくびっくりしてしまった。怒ってくれると思ったのに。六甲はいいです、って言った。家来だから遠慮するのはあたりまえだって俺は思ったから、父さんに足が痛いって言ったら、父さんはお前は歩いてついてこいって言った。ふこうへいだって思った。
歩いてるうちに、怒ってたのがだんだん悲しくなった。それに六甲のせいですごくひどい目にあったから、もう絶対に六甲とは遊んでやらないつもりだった。
家につく頃には朝になって、母さんが門まで迎えに来てて、俺たちを見てやっぱりびっくりしてた。
俺はへとへとに疲れてて、家に入ってやっと六甲をちゃんと見て、その時にはじめて六甲が傷だらけなのにびっくりした。俺だけびっくりするのが遅すぎだ。母さんが見たことないような恐い顔で俺たちを見たので、俺の口が勝手に動いて、犬に追いかけられたこととか、六甲に川に落とされたことを喋った。
海老庵先生が、六甲が刀を落としてきたことで六甲を叱ろうとして、六甲の手の怪我に気がついて、それが犬に噛まれた傷じゃないってことにもすぐ気がついた。六甲は何も言わなかったけど、父さんと母さんが俺を恐い目でじーっと見るので、俺はすごく言いたくないのに、また口が勝手に動いて、六甲の刀のことと、怪我させたことを喋ってしまった。喋りながら急にすごく恐くなって、泣きたくなってきた。

俺が黙ったら、いつもは母さんがばかって言って怒るのに、母さんが何か言う前に、父さんがすごく大きな声で俺を叱った。
俺は普通のびっくりの100倍くらいびっくりして、顔を上げたけど父さんが恐くてすぐ下を向いてしまった。父さんは俺に、お前みたいな奴は家来を持ってはいけない、って言った。家来は主人の命をまもるのが仕事なのに、その仕事を邪魔するなんて大バカがいるか、って言った。主人は自分と家来を危ない目にあわせないために、家来に命令できるけんりがあるんだ、って言った。そんなこともわからない奴が人にめいれいするんじゃない、って言った。

このときの父さんはすごくすごく恐かったから、思い出すだけで涙が出そうになる。でも、俺は一生懸命思い出して、父さんが言ったことを書く。これで全部かどうかわからないけど、覚えてるぶんは絶対忘れないようにしようと思う。

俺はどうしたらいいかわからなくて、頭がまっしろになってしまった。母さんは黙って俺を見てたけど、六甲に謝りなさい、って言った。俺はその時は頭がぼうっとしてたけど、言われたとおりに六甲にごめん、って謝った。たぶん、あんまり気持ちもこもってなかったと思う。六甲が何か返事をしたかどうかも覚えてない。母さんが、体をお湯で洗って着替えてこいって言った。風邪を引いてこれ以上面倒をかけさせる気?って言われて、急いで風呂場に行った。
着替えて戻ったら、父さんはもうあんまり怒ってないみたいに見えた。俺を見て、頭をタオルで拭いてくれた。お前がもっと勉強して、ちゃんとしたものの考え方ができるようになるまで、六甲は家来をやめることにしたって言った。俺が自分がすごいばかだってわからないくらいの大ばかだったせいで、六甲が俺の家来をやめちゃって、もう六甲と遊んだりできないのかと思ってすごく悲しくなったけど、父さんは違うって言った。
六甲は家来はやめたけど、友達か、兄弟みたいになるんだって。友達や兄弟にめいれいはしない。俺はそれでもすごく嬉しかった。最初からそうすればよかったのに、って思った。六甲も家来じゃないほうがきっと喜ぶと思った。

でも、六甲は熱を出してしまった。俺は恐くて六甲の見舞いにもいけなかった。自分がすごく恥ずかしくて、それに犬に噛まれた傷から病気になって死んじゃうっていう恐い話を急に思い出したからだ。自分のせいで六甲が死んじゃったらどうしようって思って、おなかもすかなかった(どうせごはん抜きだったけど)それでマリオンの木まで行って、自分がすごくばかなのが悔しくてたくさん泣いた。泣きすぎて涙が出なくなったころに、なんだかやさしい歌が聞こえて、すこし眠った。
夕方、家に帰ったら海老庵先生が、六甲は大丈夫だって言った。まだ熱があるけど、死なないって聞いて俺はすごくほっとした。先生に、刀を失くしてしまってごめんなさい、って謝った。先生は、若さまが命を落とさずにたくさん勉強できたのならいい、って言ってくれた。
晩御飯を食べたあとに、イオンとシチューを持っていったら、六甲はベッドで起きて全部食べたので嬉しかった。今度はちゃんとごめん、って心をこめて言った。六甲は若さまがごぶじでよかったです、って言った。俺が、六甲は家来じゃなくて、友達か兄弟みたいになるんだって言ったら、六甲はちょっと困ったような顔をした。六甲は今まで、友達も兄弟もいなかったから、どうしたらいいのかわからないんだって言った。

それはきっと、俺が教えてあげられるから、六甲がわからなくても別にいいって俺は思った。